バカ
眼を閉じ、語り終えたことを緋影は伝える。
「もう、言い残す事はありませんか」
葵は変わらず短刀片手に、冷ややかに緋影を見下ろす。
「最後に一言だけ」
緋影は葵の瞳を見つめて、
「俺は、先輩に会えてよかったと思う」
それだけを言った。
だが顔をあげてよく見て見ると、彼女の手足はわなわなと震えている。
「どうして、どうしてあなたはそんな事を言うんですか?!私はあなたを殺すんですっ!汚らわしい殺人鬼として処理するんですっ!なのに……なのにどうしてそんな事が言えるんですかっ!私を殺そうとしないんですかっ?!」
葵は今までの氷のような殺気とはうって変わって、炎のような怒りを蒼い瞳に宿して叫んだ。
やはり彼女は本心では自分を殺したくないようだ。
自分を殺すのなら、自分が姿を現した直後に背後から襲うなり、安全な手段はいくらでもあったのだ。今までの葵の冷酷としか思えない態度は、自分自身に嘘をつけないからなのだろう。だから、彼女は自身の感情を殺していたのだ。
皮肉だ。
……こんな時になって、葵の言っている事が嘘だという事が、『心の色』ではなく、本人の口から確認出来てしまうだなんて……
……本当に、皮肉としか言い様が無い……
思わず緋影は苦笑した。
「悪いけど、先輩の望みは叶えられそうにないよ。俺に先輩は恨めない」
葵を恨めるなら、とうの昔に殺そうとしている筈だ。
彼女が自分を殺そうとしているのが分かった時ですら。
この現実を憎むことはしたが。